最近吐き出したい事

 ウクライナとロシアの戦争は続き、ついにはイランとイスラエル・アメリカの戦争も始まった。それ以外にも紛争は世界のどこかで起きている。なぜ戦争や紛争はなくならないのか…?日本人としてよく思うことではある。でももしかしたら、日本の平和な状況に慣れ過ぎているだけで、日本の外では当たり前のなのかもしれない…

以前、韓国で勤務していたことがある。韓国は北朝鮮とは停戦中ではあるが、自分が韓国にいた頃に北朝鮮から韓国の島が砲撃されたことがある。ただその時はそのことを知らず、日本の会社から心配の電話がかかってきて初めて知った。「北朝鮮から砲撃されているけどお前は大丈夫か?」と。僕は「え?何の話ですか?」と、そこからネットで調べて初めてその事実を知った。まわりで一緒に仕事している韓国人は普段通りでそんな話題も上がっていないから気が付かなかった。話を聞いたら、今に始まったことではないから韓国人にとっては慣れっこになっていて特別な状況ではないらしい… これたぶん日本で起こったから大騒動になる気がする。あくまで停戦状態であり、韓国男子は一律兵役が課せられる国の日常の一部なのかもしれない。

一方、日本で僕の記憶の限り他の国から攻撃されたという記憶は無い。46年生きててきて一度も。太平洋戦争から80年以上経ち日本は戦争や攻撃を知らない日常を過ごしている。ただこの状態は何故もたらされいるのか?一つは島国というのが大きいだろう。少なくとも陸伝いに攻撃される恐れはない。そして一番の要因は同盟国で日本に多数の基地を配備するアメリカの存在だ。イランとの戦争を見て改めて米軍の強大な戦力を思い知らされた。憲法9条が日本に平和をもたらしている、との意見も目にするが今の自分は違うと思っている。この強大なアメリカの庇護なくして、9条は存在し得ない。日本に米軍が一切駐留せず、独自に憲法9条を制定し、自衛隊も設置せず、80年平和を維持していたのならそう思えるかもしれない。でも実際は自衛隊も戦後早々に設置し、アメリカも戦後統治後も駐留し続けている。その上での今の日本。

十代のころは自分も9条は絶対で戦争反対!と思っていた。でも世の中を知って、他の国にも行ってみて分かって来た。日本にはアメリカが守られているという点。そして他の国からの脅威があるという事実。台湾でも韓国でも普通に銃を抱えた軍人が日常で目の前を通ったりする。ただ、戦争反対は今でも変わらない。でも、こっちが望まなくて仕掛けられる事だって有り得る。9条を堅持、戦争反対!と声高に叫ぶ人たちがいるが、憲法を変えるべきだと思っている人も戦争を望んでいるわけではない。この常に平行線になる対立にいつも納得がいかない。

まず自分か9条に関して変えるべきでは?と思っているのは現状の自衛隊が憲法9条と矛盾しているのでは?という考え。

”第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。”

戦力を保持しない、という記載からして軍を持たないとの解釈ができるが故、日本は「自衛隊」と名乗っている。ただどう考えたって軍隊だと思う… 船は「護衛艦」と名乗ったり攻撃を想起させる表現を避けている。自衛隊の存在をあいまいにせず、憲法で明記すべきではという考え。あと「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」だ。現状の解釈による関連法案では、仮に他国から攻撃をされたとしても、日本は憲法上・法律上、敵国への戦力を壊滅させるような反撃は出来ない。それで本当に大丈夫なのだろうか?また、他国間での戦争において日本人を救出する際に「戦闘地域」に入ることが許されない、また自衛隊が攻撃されても反撃には制限付く点。こんな制約が多い中で日本人と自衛隊自身の安全を確保できるのだろうか?

反対派の意見で納得いかないのが、あくまで日本政府が日本人を戦地に向かわす、日本人の自由や事件を奪うという内向きな話しかしない点だ。もちろんかつての戦時中のように、反対意見を認めいないような状況にしてはいけないと思うのは自分も同感だ。ただ、もし攻撃されて侵略されることがあれば戦うしかない。それとも、反撃せず侵略を許すというのだろうか?もし家族が子供が悲惨な目に遭うなどという事は自分は受け入れられない。必要になれば自分も戦いに参加するだろう。そう想像することを拒んでいるとしか思えない。現実逃避。戦地には行きたくない、死にたくないという。でもそれを防ぐのは体をはって実際に前線で戦っている人たちだ。その恩恵を受けながら、戦う人たちの行動を制限し戦うなという。攻撃されるまで反撃できないんだよ?じゃあ攻撃されて誰が死ぬまで待てってことなの?で自分は死にたくない、戦いたくない。勝手すぎない?

一方で、集団的自衛権とかで他国の戦争い巻き込まれる可能性があるという懸念。それはよく分かる。一方的な戦争は加担すべきではないと自分も思うし、そもそも戦争には加担すべきではない。…ただ、今回のイランの件をみて悩ましくも思う。数十年にわたりイランの独裁政府のもと虐げられ殺される国民がいて、イラン人が政府打倒を望んでいるという点。イラン人ジャーナリストの話を見た。彼はアメリカの攻撃の是非については明言を避けたが、少なくともイラン政府は同情の余地はなく、かつてのナチスのように消滅させるべきだと語った。もし台湾が攻撃されたなら、日本は黙って見てるのか…?あのような独裁政治を対話で国民の虐殺をやめさせることができるのか?イランも中国も何十年も存在しているが、対話で解決できただろうか?どうやって止めるというのか?

そもそもかつての大日本帝国が今の平和な国になったのは「対話」による解決だっただろうか?日本中を焼き払われ、原爆を落とされ、その上で日本政府は止まったのではなかったか?じゃあ今の日本に変えてくれたアメリカに感謝すべきなのか?それ以前に、日本が軍国化し他国を植民地化したのは何が切っ掛けだったのか?鎖国した日本に欧米が圧力をかけたからじゃないか?

反対派は憲法堅持と共に、アメリカに服従するなと言う。ずっとアメリカに守られ今も恩恵をうけているのに、逆らえと?もし逆らって見放されることがあれば、日本は自立しなければならない。米軍がいない中で、中国・朝鮮・ロシアと対峙しなければならない。そんな準備が出来ている?それをするなら今の何倍も防衛力が重要になるのでは?

…そんな風に考えていると、何とも言えないやりきれない気持ちになる。だからそこを現実的に国で議論してほしいのに。戦争なんて望んでない、でも侵略されることのないあのアメリカから自立した防衛出来る国を望んでいる。そんな国になるためには?とても難しい問題だよ。感情的意見ばかり見ていると本当にうんざりする。建設的は議論が沢山みたい。

以上、今のぼくの吐き出したかった事。



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